慈眼寺

📍 滋賀県彦根市 彦根市野田山町291

📿 御朱印情報

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不明

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不明

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

ふむ、吾輩が語る慈眼寺の由緒、とくと聞くが良いぞ。 この慈眼寺はな、滋賀県彦根市野田山町に鎮座する曹洞宗の寺院であるぞ。その由緒は古く、彦根藩主井伊家の菩提寺として、また彦根城の鬼門を守る寺として、まことに重要な役割を担ってきたのじゃ。 創建は慶長12年(1607年)と伝えられておる。開山は、井伊直政の菩提を弔うため、直政の正室である唐梅院が招いた石室善玖(せきしつぜんきゅう)和尚であるぞ。当初は「清凉山天寧寺」と称され、井伊直政の法名である「清凉院殿」にちなんで名付けられたのじゃな。 その後、寛永11年(1634年)に井伊直孝によって現在地に移転され、寺号を「慈眼寺」と改めたのである。これはな、直孝の母である慈眼院殿の法名に由来しておるのじゃ。この移転により、慈眼寺は彦根城の北東、すなわち鬼門の方角に位置することとなり、彦根城の鎮護を担う寺院としての性格を強めたのであるぞ。まことに、人の世の思惑と、地の理が合致した結果であるな。 境内には、井伊直政の供養塔をはじめ、井伊家歴代藩主の墓所が多数存在し、井伊家の歴史と深く結びついているのが見て取れるであろう。また、本堂や山門などの伽藍は、江戸時代初期の建築様式を今に伝え、歴史的価値の高い建造物として知られておるのじゃ。これらの建物一つ一つが、時の流れを語りかけてくるようであるな。 慈眼寺は、井伊家の信仰と庇護のもと、彦根藩の精神的支柱として栄え、多くの文化財や歴史的遺産を今日まで伝えておる。現在も、地域の人々の信仰を集める曹洞宗の寺院として、その歴史と伝統を守り続けているのじゃ。吾輩も、この寺の繁栄を静かに見守ってきたのであるぞ。

ご利益

厄除け家内安全開運祖先供養守護

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