東本願寺

📍 京都府京都市 京都市下京区烏丸通七条上ル常葉町754番地

📿 御朱印情報

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

吾輩が語るは、京の都、下京区烏丸通七条上ル常葉町に鎮座する、真宗本廟、俗に言う東本願寺の由緒であるぞ。浄土真宗大谷派の総本山たるこの寺は、開祖親鸞聖人の教えと、本願寺教団の興隆、そして日本の歴史の大きな節目と深く結びついておるのじゃ。 その始まりは、慶長七年(1602年)のことじゃな。時の天下人、徳川家康が、本願寺第十一代顕如上人の長子、教如上人に対し、烏丸七条の地に寺領を寄進したのが発端であるぞ。これは、豊臣秀吉の世に一度は統一された本願寺教団を、あえて東西に分かつことで、その勢力を削ごうとした家康の謀略の一端であったのじゃ。この分立により、教如上人が東本願寺を、その弟、准如上人が西本願寺を継ぐことになったのじゃな。 東本願寺は、親鸞聖人の説かれた「他力本願」の教えを根本とし、阿弥陀如来を本尊として仰いでおる。創建以来、幾度となく火災に見舞われたが、その度に、全国の門徒衆の篤い信仰と並々ならぬ尽力によって、見事に再建されてきた歴史があるのじゃ。特に、安政の大火(1858年)では、御影堂も阿弥陀堂も、伽藍のほとんどが灰燼に帰したが、明治の世に入り、またもや全国の門徒からの浄財により、現在の壮麗な伽藍が再建されたのであるぞ。現存する御影堂と阿弥陀堂は、明治二十八年(1895年)に完成したものであるのじゃ。 東本願寺は、親鸞聖人の教えを現代に伝え、多くの人々に心の平穏と救いをもたらす場として、また、浄土真宗大谷派の教学と信仰の中心として、今日までその役割を全うし続けておる。その由緒は、数多の苦難を乗り越え、信仰の灯を護り続けてきた人々の足跡そのものであり、日本の仏教史において、まことに重要な位置を占める寺であるぞ。

ご利益

心の平穏救い家内安全健康長寿厄除け

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