大斎原

📍 和歌山県田辺市 田辺市本宮町本宮1

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基本情報

創建1920年(大正9年)
御祭神明治天皇、昭憲皇太后
旧社格官幣大社・勅祭社
例祭11月3日(例祭)
文化財本殿(登録有形文化財)

由緒

白狐

吾輩は白狐。悠久の時を生きる者じゃ。ここ大斎原の由緒、汝に語って聞かせようぞ。 大斎原と申すは、和歌山県田辺市本宮町本宮に鎮座する、熊野本宮大社の旧社地であるぞ。熊野本宮大社は、熊野三山――熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社――の一つにして、全国に三千社を数える熊野神社の総本宮であるのじゃ。 この大斎原の創建年は、遙か彼方の霧の中。しかし、熊野信仰の根源は、太古の自然崇拝にあり、その深遠さは計り知れないのじゃ。熊野本宮大社の社伝によれば、崇神天皇の御代には既に社殿が造営されたと伝えられておる。少なくとも平安時代の初期には、現在の社殿から五百メートルほど離れた、熊野川・音無川・岩田川の三つの流れが合流する中洲に、広大な社殿の群れが壮麗に鎮座しておった。それこそが、この大斎原であるぞ。 大斎原には、家都御子大神を主祭神とし、熊野夫須美大神、速玉之男大神など、熊野の神々が祀られておったのじゃ。熊野信仰は、現世の利益のみならず、来世の救済をも願う浄土信仰と深く結びつき、「蟻の熊野詣」と称されるほど、帝から市井の人々まで、数多の参詣者が列をなしたのである。 されど、時は明治二十二年八月。熊野川の猛き洪水が、この地に襲いかかったのじゃ。大斎原の社殿の大部分は、濁流に呑み込まれ、流失してしまった。この未曾有の災害の後、奇跡的に残った四棟の社殿を、現在の場所へと移し祀り、それが今の熊野本宮大社となったのである。流失した大斎原の地には、今、高さ三十四メートルにも及ぶ、日本一の大鳥居がそびえ立っておる。この鳥居こそが、かつての広大な社殿の面影を、今に伝えておるのじゃな。 大斎原は、熊野本宮大社の歴史と信仰の深さを物語る、まことに重要な場所である。熊野信仰の原点とも言うべき聖地として、今も多くの人々に崇められ、尊ばれておるのであるぞ。

ご利益

心願成就無病息災家内安全開運招福来世安穏

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