六孫王神社
📍 京都府京都市 京都市南区八条町509
基本情報
由緒
ふむ、六孫王神社について、吾輩が語ってやろうではないか。 この六孫王神社は、京の都の南、八条の地に鎮座する。その由緒は、清和源氏の祖、源経基公に深く関わっておるのじゃ。 創建は貞元二年(九七七年)と伝えられておる。祭神は源経基公、この方は清和天皇の第六皇子である貞純親王の御子にあたる。ゆえに、「六孫王」と称されたのじゃな。経基公は、平安時代中期の武将であり、承平天慶の乱においては平将門を追討し、その功績によって武家の棟梁としての地位を確立した。その武勲から、清和源氏の祖として深く崇敬されておるのであるぞ。 経基公は、この地に邸宅を構え、その生涯を終えられたとされておる。その邸宅跡に創建されたのが、この六孫王神社なのじゃ。当初は経基公の御霊を祀る社として建立され、清和源氏の氏神として、また武運長久の神として、篤い信仰を集めておったのじゃな。 鎌倉時代には、源頼朝をはじめとする清和源氏の武将たちが、この社に篤い崇敬を寄せ、社殿の造営や寄進を盛んに行ったのであるぞ。室町時代以降も、足利将軍家など、武家からの信仰は途切れることなく続き、その歴史の中で幾度かの火災や再建を経験しながらも、地域の民によって大切に守り伝えられてきたのである。 現在の社殿は、江戸時代に再建されたものが多く、境内には経基公の産湯の井戸と伝えられる「産湯井」や、経基公の墓と伝えられる「経基公御廟」もあるのじゃ。また、春には桜が咲き誇り、多くの参拝者で賑わう、名所としても知られておるぞ。 六孫王神社は、清和源氏の祖を祀る神社として、日本の武家社会の歴史と深く結びついておる。その由緒と歴史は、今日まで大切に受け継がれておるのであるぞ。
ご利益
武運長久家運隆昌厄除け開運招福勝運