穴太寺

📍 京都府亀岡市 亀岡市曽我部町穴太東辻46

📿 御朱印情報

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

穴太寺と申すは、京都の亀岡にひっそりと佇む古刹であるぞ。西国三十三所観音霊場の第二十一番札所として、世には知られておるのじゃ。 その由緒は、まことに古きを辿る。延暦八年、桓武天皇の勅願により、かの坂上田村麻呂が建立したと伝えられておるのじゃ。本尊は薬師如来、脇には日光菩薩、月光菩薩が控え、衆生を照らしておる。 創建の頃は、桓武天皇が平安京へ都を遷すにあたり、都の鬼門を守る寺として、この穴太寺が置かれたと聞く。また、田村麻呂が蝦夷征伐の戦勝を祈願し、その報恩のために建立したとも言われておるのじゃ。寺号の「穴太」は、この地の地名に由来するものであるぞ。 平安の世には、真言宗の寺として大いに栄え、壮麗な伽藍が数多く建立されたものじゃ。しかし、世の常として、度重なる戦乱や火災により、その多くは焼失してしまった。特に、応仁の乱の際は、甚大な被害を受け、一時衰退の憂き目を見たのじゃ。 江戸の時代に入り、かの徳川家康の庇護を受け、ようやく再興の道を歩み始めたのであるぞ。この頃から、西国三十三所観音霊場の札所として定着し、多くの巡礼者がこの地を訪れるようになったのじゃ。現在、吾輩の目の前にそびえる本堂は、江戸時代初期に再建されたもので、国の重要文化財にも指定されておるのじゃ。 境内には、本堂の他にも、多宝塔や鐘楼、開山堂など、それぞれが歴史を物語る建造物が立ち並んでおる。また、四季折々の美しい庭園も、訪れる者の心を和ませてくれるのであるぞ。 穴太寺は、創建以来千二百年以上の長きにわたり、人々の信仰を集めてきた古刹である。今もなお、西国三十三所の札所として、多くの巡礼者を迎え入れ、その歴史と文化を未来へと伝えておるのじゃ。

ご利益

病気平癒厄除け家内安全心願成就開運招福

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