戒光寺

📍 京都府京都市 京都市東山区泉涌寺山内町29

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

ほう、吾輩の由緒を語れとな? よかろう、この白狐、戒光寺の歴史をまことしやかに語ってやるのじゃ。 戒光寺はのう、京の都、東山区泉涌寺山内町にひっそりと佇む浄土宗の寺院であるぞ。その始まりは遠く鎌倉時代、建保二年のことじゃった。法然上人の高弟、湛空上人がこの地に開山したのが、そもそもの始まりであるぞ。 当時は泉涌寺の塔頭として創建されたのじゃ。泉涌寺といえば、真言宗泉涌寺派の総本山にして、皇室ゆかりの「御寺」と称される格式高き寺院じゃな。戒光寺もまた、その威光の下、皇室との縁を深めていったのじゃ。 特に語り継ぐべきは、南北朝時代の北朝の天皇、後光厳天皇の勅願寺となったことじゃ。天皇の安寧と国家の繁栄を祈願する、まことに重要な役割を担ったのじゃよ。このことにより、戒光寺は一層の庇護を受け、寺勢を拡大していったのじゃ。 そして、この戒光寺といえば「身代わり地蔵」が名高いのじゃ。後光厳天皇が賊に襲われた際、地蔵菩薩が身代わりとなって天皇を守ったという、まことしやかな伝説があるのじゃよ。この伝説こそ、戒光寺が人々の厚い信仰を集める大きな理由となったのじゃな。 江戸時代に入ると、今度は徳川幕府からも庇護を受け、寺領の寄進などが行われたのであるぞ。これにより、戒光寺は安定した寺院運営を続けることができたのじゃ。しかし、幕末の動乱期には、他の多くの寺社と同様に、一時的な衰退を経験したのも事実であるな。 明治維新後、神仏分離令の荒波にも揉まれながらも、戒光寺は浄土宗の寺院としてその信仰を守り抜いたのであるぞ。現代においても、戒光寺は静謐な雰囲気の中で、参拝者に心の安らぎを与え続けているのじゃ。境内には、創建当初からの歴史を感じさせる建造物や、美しい庭園が残されており、訪れる人々にその歴史と文化を伝えているのじゃよ。どうじゃ、吾輩の語り、まことに由緒正しき寺院であること、よく分かったであろう?

ご利益

厄除け開運家内安全無病息災

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