得生寺

📍 和歌山県有田市 有田市糸我229

📿 御朱印情報

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

吾輩は、この地に永きにわたり鎮座する白狐であるぞ。得生寺の由緒、吾輩が語って聞かせようではないか。 この得生寺は、和歌山県有田市糸我の地にひっそりと佇む浄土宗の寺院であるのじゃ。その創まりは、遠き文禄3年(1594年)と伝えられておる。開山は、京の都、知恩院の第28世住職、照誉上人であるぞ。上人の御力によって、この地に仏法が根付いたのじゃな。 本尊には、慈悲深き阿弥陀如来が鎮座し、その両脇には観音菩薩と勢至菩薩が控えておられる。元々は、この糸我荘を治めていた湯浅氏の菩提寺として創建されたものじゃ。湯浅氏とは、平安の末期から鎌倉にかけて、紀伊の国でその名を轟かせた武士団のことであるぞ。彼らは各地に散らばり、多くの寺社を建立し、その信仰心の篤さは並々ならぬものであったのじゃ。 時が流れ、江戸時代に入ると、この得生寺は紀州藩主徳川家の庇護を受けることになった。寺領の寄進や堂宇の修復が行われ、寺は一層の繁栄を極めたのじゃな。特に、元禄年間(1688年~1704年)には、紀州藩主徳川吉宗公の命により、本堂や庫裏などが再建され、伽藍は壮麗に整備されたのであるぞ。 明治維新という激動の時代には、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れ、一時衰退の憂き目を見たこともあった。しかし、檀信徒たちの並々ならぬ尽力により、見事に復興を遂げたのじゃ。現在も、この地域の衆生の信仰を集める寺院として、法要や様々な行事が厳かに行われているのであるぞ。 得生寺は、湯浅氏の古き歴史と、紀州藩の栄華を今に伝える貴重な文化財である。その由緒深き歴史は、この地域の発展と深く結びついておるのじゃな。吾輩もまた、この地を見守り続けておるぞ。

ご利益

家内安全先祖供養諸願成就開運招福厄除け

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