新日吉神宮

📍 京都府京都市 京都市東山区妙法院前側町451-1

📿 御朱印情報

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基本情報

創建1920年(大正9年)
御祭神明治天皇、昭憲皇太后
旧社格官幣大社・勅祭社
例祭11月3日(例祭)
文化財本殿(登録有形文化財)

由緒

白狐

ふむ、新日吉神宮の由緒じゃな。吾輩が語ってやろうではないか。 新日吉神宮は、京の都、東山に静かに佇む古き社であるぞ。その始まりは、後白河法皇が熊野の道すがら、近江の日吉大社に立ち寄られた折のこと。日吉の神々を京へ招きたいと、深く思われたのが発端じゃな。 建久3年(1192年)、法皇は法住寺殿の鎮守として、日吉大社より大己貴命、大山咋命、玉依姫命、この三柱の神々をお迎えし、新日吉神宮を創建されたのじゃ。この地は、法皇が院政を執られた法住寺殿のすぐ傍。法皇の信仰の篤さが、この地に宿っておるのが分かるであろう。 創建当初は、法住寺殿の守り神として、また皇室の崇敬篤い社として栄えたものじゃ。特に、後白河法皇が熊野信仰に深く帰依されていたことから、新日吉神宮もまた熊野信仰と密接な縁を結んでおったのじゃな。境内には、熊野三山を模したとされる社殿が配され、熊野へ赴く代わりに参拝する場としても、機能しておったのであるぞ。 じゃが、世の常として、平穏ばかりが続くわけではない。応仁の乱(1467年~1477年)をはじめとする幾度もの戦乱により、社殿は灰燼に帰すなど、甚大な被害を受けたものじゃ。しかし、時の権力者たちはこの社を見捨てなかった。豊臣秀吉による再興、江戸時代には徳川家康の寄進によって社殿が再建されるなど、脈々とその命を繋いできたのであるぞ。 明治維新後、神仏分離令により法住寺との繋がりは絶たれたが、今もなお、この地の守り神として、また訪れる人々にも親しまれる社として、その歴史と伝統を受け継いでおるのじゃ。境内には、後白河法皇ゆかりの史跡も数多く残されており、往時の面影を偲ぶことができるであろう。吾輩も、この社を見守り続けておるのじゃ。

ご利益

家内安全厄除け開運健康長寿諸願成就

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