相国寺

📍 京都府京都市 京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町701

📿 御朱印情報

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

ふむ、白狐たる吾輩が、この相国寺の由緒を語ってやるのじゃな。よいであろう。 京の都、上京の地に鎮座ましますは、臨済宗相国寺派の大本山、相国寺であるぞ。その創始は、室町幕府三代将軍、足利義満という男が、康暦二年(1380年)に始めたものじゃ。そして明徳三年(1392年)に、ようやく完成を見たのじゃな。正式には「萬年山相国承天禅寺」と申す。いかにも、大層な名であるぞ。 創建の背景には、義満の野心が見え隠れするのじゃ。国家鎮護という大義名分を掲げつつ、己の権威を盤石にせんとしたのじゃろう。義満は京都五山を整備し、この相国寺を、南禅寺に次ぐ第二位の寺格とした。当時の禅宗寺院が、いかに文化的、政治的に大きな力を有しておったか、よくわかる話であるぞ。 しかし、この寺は災難続きであったのじゃ。創建以来、幾度となく火災に見舞われてきた。特に、応仁の乱(1467年~1477年)では、戦場と化し、伽藍のほとんどが灰燼に帰したのじゃ。その後も、天正年間(1573年~1592年)や寛永年間(1624年~1644年)にも火の手が上がり、再建と焼失を繰り返してきた。現在の伽藍は、江戸時代以降に再建されたものが中心であるぞ。まことに、しぶとい寺であるのじゃ。 相国寺は、禅宗寺院としてのみならず、学問と文化の中心地としても栄えたのじゃ。室町時代には「相国寺学派」なる学僧たちが活躍し、五山文学の発展に大いに貢献した。あの有名な画僧、周文や雪舟も、この相国寺にゆかりがあるのじゃな。 現在も、相国寺は多くの文化財を所蔵し、その歴史と伝統を今に伝える。法堂の天井に描かれた狩野光信筆の「蟠龍図」や、開山堂、方丈庭園などは、まさに見どころであるぞ。また、伊藤若冲の墓所や、承天閣美術館もあり、貴重な美術品が公開されておる。 相国寺は、日本の歴史と文化を語る上で、決して欠かせぬ重要な寺院である。その壮大な歴史は、訪れる人々に深い感銘を与え続けているのじゃな。吾輩も、この寺の変遷を、永きにわたり見守ってきたのであるぞ。

ご利益

学問成就芸術文化振興国家安泰諸願成就開運招福

みんなの御朱印

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