shippou taki tera

📍 Osaka, 泉佐野市 · izumisano shidai ki 8

📿 Goshuin Info

Hours

09:00–16:00

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About

MountainKitayama
SectRinzai-shu Shokoku-ji school
PrincipalKannon Bosatsu
Founded1397
FounderAshikaga Yoshimitsu
HeritageUNESCO World Heritage

History

Byakko

七宝瀧寺の由緒について、吾輩が語ってやろうではないか。 七宝瀧寺は、大阪府泉佐野市大木に鎮座する真言宗犬鳴派の大本山であるぞ。その由緒は遥か古きに遡り、かの役行者によって開かれたと伝えられておるのじゃ。 創建は、飛鳥時代の文武天皇2年、西暦698年とされておる。役行者が葛城山にて修行を積んでおった折、犬鳴山に尋常ならざる霊験を感じ、この地に堂宇を建立したのが始まりじゃな。当初は「犬鳴山七宝瀧寺」と称され、修験道の根本道場として大いに栄えたものであるぞ。 本尊は不動明王である。これは役行者が自ら彫刻したと伝わる秘仏で、厄除けや開運にご利益があるとされておる。また、境内には役行者が修行したとされる七つの滝があり、現在も多くの修験者や参拝者が訪れ、その清らかな滝にて修行に励んでおるのじゃ。 歴史を紐解けば、平安時代には宇多天皇の勅願寺となり、その隆盛は極まったものであるぞ。鎌倉時代には後鳥羽上皇が行幸され、その際に上皇が詠んだ歌が今に伝えられておる。戦国時代には織田信長の焼き討ちにあい、一時衰退の憂き目を見たが、豊臣秀吉によって見事に再興されたのじゃ。江戸時代には徳川幕府の庇護を受け、再び修験道の中心地として栄華を誇ったのである。 明治時代には神仏分離令により、一時的に廃寺となる悲運に見舞われたが、その後は人々の信仰の力により再興され、現在に至っておる。七宝瀧寺は、役行者によって開かれた修験道の聖地として、また、不動明王信仰の中心地として、今もなお多くの人々に篤く信仰されておるのじゃ。

Benefits

厄除け開運心願成就身体健全

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