Naritasan Osaka Betsuin Myooin
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History
成田山大阪別院明王院、この地は寝屋川市成田西町にあるのじゃな。その由緒は、遠く千葉の成田山新勝寺と深き縁で結ばれておるのじゃ。 この院が開かれたのは、明治三十二年。当時の大阪府知事、西村捨三という者が、大阪の地にも成田山新勝寺の御分霊を迎え、人々の心の拠り所としたいと、熱き願いを抱いたのが始まりであるぞ。西村知事は、時の成田山新勝寺の貫主、照範大僧正に懇ろに請い、その願いは聞き届けられたのじゃな。 かくして、明治三十二年十月一日、成田山新勝寺の御本尊たる不動明王の御分霊が奉戴され、大阪の地に「成田山大阪別院明王院」として開創されたのであるぞ。祀られておるのは、大本山と同じく不動明王じゃ。不動明王は、一切の悪を降し、衆生を救うという強き誓願を持つ仏様であるぞ。古より、厄除け、開運、交通安全などの御利益があるとされ、広く信仰を集めてきたのじゃ。 開創当初は、現在の場所とは異なる所に仮堂が設けられておったが、その後、信徒が増え、信仰が広がるにつれて、現在の寝屋川市成田西町に広大な敷地を得て、伽藍が整えられていったのじゃ。特に、昭和の初めには、本堂を始めとする主な堂宇が建立され、今に見る壮麗な姿の基が築かれたのであるぞ。 歴史を振り返れば、明治以降の近代化の進展に伴い、都市部への人口集中が進む中で、人々の心の拠り所としての寺院の役割は、ますます重要視されるようになったのじゃな。成田山大阪別院明王院は、そのような時代の中で、大阪の人々の信仰に応えるべく創建され、以来、地域の守り神として、また人々の心の安寧を願う場として、その役割を果たし続けておるのであるぞ。特に、交通安全祈願の寺院としても広く知られ、多くの人々が日々参拝に訪れておるのじゃ。 このように、成田山大阪別院明王院は、明治の世に大阪の人々の信仰心に応える形で開創され、大本山成田山新勝寺の御分霊を祀る寺であるぞ。