oomine yamadera

📍 Nara, 吉野郡 · yoshino gun amakawa mura oomine sanchou

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About

MountainKitayama
SectRinzai-shu Shokoku-ji school
PrincipalKannon Bosatsu
Founded1397
FounderAshikaga Yoshimitsu
HeritageUNESCO World Heritage

History

Byakko

吾輩が語るは、奈良県吉野郡天川村、大峯山の頂に鎮座まします、大峯山寺の由緒であるぞ。かの修験道の根本道場じゃ。その歴史は、修験道の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)と深く結びついておるのじゃ。 創建は、役行者がこの大峯山を開山したとされる飛鳥時代後期と伝わる。役行者はこの地で、それはもう厳しい修行を積み重ね、ついに蔵王権現(ざおうごんげん)を感得したとされておる。この蔵王権現こそ、大峯山寺の御本尊であり、修験道の信仰の真髄であるぞ。 大峯山は、古くから神仏が宿る霊山として、人々から崇められてきたのじゃ。役行者が開山して以来、数多の修験者がこの山で己を磨き、その信仰は広がりを見せた。平安時代には、皇族や貴族までもが信仰を寄せ、国家鎮護の祈願まで行われるようになったのであるな。 鎌倉時代から室町時代にかけて、修験道は隆盛を極め、大峯山寺はその中心として栄華を誇ったのじゃ。しかし、戦国時代には、度重なる戦乱によって伽藍が焼失するなど、甚大な被害を受けたのも事実じゃ。 江戸時代に入ると、徳川幕府の厚き保護を受け、伽藍の再建が進められた。この時代には、庶民の間にも大峯山への信仰が広まり、多くの人々が参拝に訪れるようになったのであるぞ。 明治時代には、神仏分離令によって修験道は一時的に衰退の憂き目を見た。しかし、その後、復興運動が進められ、現在に至っておるのじゃ。大峯山寺は、2004年には「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産に登録され、その歴史的・文化的価値が世界的に認められたのであるな。 大峯山寺は、実に1300年以上の長きにわたり、修験道の聖地として、また人々の信仰の対象として、その歴史を刻んできたのじゃ。現在も、多くの修験者や参拝者が訪れ、その尊き伝統と信仰が脈々と受け継がれておるのであるぞ。

Benefits

心身鍛錬厄除け開運招福無病息災家内安全

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