settsu kokubunji

📍 Osaka, 大阪市 · oosakashi kitaku kokubunji 1-6-18

📿 Goshuin Info

Hours

09:00–17:00

Fee

Direct-write

Available

Pre-written

Available

📍 Open in Google Maps

About

MountainKitayama
SectRinzai-shu Shokoku-ji school
PrincipalKannon Bosatsu
Founded1397
FounderAshikaga Yoshimitsu
HeritageUNESCO World Heritage

History

Byakko

ふむ、摂津国分寺の由緒じゃな。吾輩が語ってやろう。 摂津国分寺とは、天平十三年、聖武天皇が全国に国分寺を建てるよう詔を発したであろう?その折に、この摂津の地に建立された寺院のことじゃな。正式には「金光明四天王護国之寺」と申す。国家鎮護という、まことに大それた目的を背負って生まれた寺であるぞ。 創建当初の伽藍配置や規模については、残念ながら詳しい記録は残されておらぬのじゃ。しかし、国分寺建立の詔によれば、どの国の国分寺にも金光明最勝王経を安置し、僧侶が二十名も常住して国家の安泰を祈願することになっておった。摂津国分寺もそれに倣い、当時の摂津国において、精神的にも文化的にも、まことに重要な役割を担っておったことじゃろうな。 平安時代に入ると、度重なる戦乱や災害によって、多くの国分寺が衰退の一途を辿った。摂津国分寺も例外ではなく、次第にその規模を縮小していったと推測されるのじゃ。鎌倉時代には、真言宗の寺院として再興された記録が残されておる。この頃から、真言宗の教えが深く根付いていったものと見てよいであろうな。 室町時代には、かの応仁の乱などの戦乱に巻き込まれ、再び荒廃してしまったのじゃが、江戸時代に入ると、徳川幕府の保護のもと、再建が進められたのであるぞ。現在、そなたたちが見る本堂は、この江戸時代に再建されたものと伝えられておるのじゃ。 明治維新後の神仏分離令によって、一時的に寺領を失うなど、まことに苦難の時代を経験したが、地域の人々の厚い信仰に支えられ、今日までその法灯を守り続けておる。今は真言宗の寺院として、地域の人々の信仰の中心であり続けておるのであるぞ。 摂津国分寺は、創建から千二百年以上の長きにわたり、摂津国の歴史をじっと見守り続けてきた、まことに貴重な文化財じゃ。その由緒と歴史は、日本の仏教史、そしてこの地域の歴史を語る上で、決して欠かすことのできぬ存在であるぞ。

Benefits

国家安泰厄除け家内安全身体健全諸願成就

Other shrines in Osaka