Chogosonshiji

📍 Nara, 生駒郡 · ikoma gun heguri machi ooaza shigi yama 2280-1

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About

MountainKitayama
SectRinzai-shu Shokoku-ji school
PrincipalKannon Bosatsu
Founded1397
FounderAshikaga Yoshimitsu
HeritageUNESCO World Heritage

History

Byakko

ほう、朝護孫子寺の由緒とな。吾輩が語ってやろうではないか。 この朝護孫子寺は、奈良県生駒郡平群町に鎮座する、信貴山真言宗の総本山であるぞ。その始まりは遥か昔、聖徳太子様によって開かれたと伝えられておるのじゃ。 伝承によれば、用明天皇2年(587年)のこと。物部守屋と蘇我馬子の争い、かの丁未の乱の折、聖徳太子様は戦の勝利を願うため、この信貴山へと足をお運びになられたのじゃ。太子様が毘沙門天に祈りを捧げると、なんと寅の年、寅の日、寅の刻に、毘沙門天がこの地に降臨なされ、必勝の秘法を授けられたというではないか。この加護により、太子様は見事戦に勝利なされ、その感謝の念を込めて、自ら毘沙門天像を刻み、伽藍を建立された。これこそが、朝護孫子寺の始まりであるとされておるのじゃ。故に、信貴山の毘沙門天は「寅の毘沙門天」として、厚い信仰を集めるようになったのであるぞ。 平安の世には、醍醐天皇様の病気平癒を祈願した命蓮上人が、毘沙門天の御力によって病を治されたという、まことにめでたい逸話が残されておる。この功績により、天皇様より「朝護孫子寺」の勅号を賜り、寺院は隆盛を極めたのであるな。 戦国の世には、松永久秀が信貴山城を築き、織田信長との攻防の舞台ともなったが、その後も信仰の場として見事に再興されたのじゃ。江戸時代には、徳川家康公が当寺の毘沙門天を深く信仰し、寺領の寄進を行うなど、歴代の将軍様の厚い保護を受け、その威光を保ち続けたのであるぞ。 現在も、朝護孫子寺は毘沙門天信仰の中心地として、多くの参拝者が訪れておる。特に、寅にまつわる縁起物や、世界一と名高い張子の虎などは、実に有名であるな。その歴史と伝統は、今もなお、この地に脈々と受け継がれておるのであるぞ。

Benefits

必勝祈願病気平癒開運招福厄除け金運招来

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