sha ya shi jinja

📍 Wakayama, 和歌山市 · wakayamashi rokujuu tani ji ya kakiuchi 381

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About

Founded1920
EnshrinedEmperor Meiji, Empress Shoken
RankImperial Shrine (Kanpei Taisha)
FestivalNovember 3 (Annual Festival)
HeritageHonden (Registered Cultural Property)

History

Byakko

吾輩が語るは、和歌山市六十谷に鎮座する射矢止神社についての由緒であるぞ。その創建は詳らかではないと申すが、吾輩の記憶を辿れば、神功皇后が三韓征伐の折、この地に立ち寄られたことが始まりであるのじゃ。皇后が戦勝を祈願し、放たれた矢がぴたりと止まった場所。そこに社を建てたのがこの神社の始まりと伝えられておるのじゃな。ゆえに「射矢止」の名を冠し、古くからこの地の民草の信仰を集めてきたのであるぞ。 主祭神は、天照大神、素盞嗚尊、そして品陀和気命の三柱である。天照大神は皇祖の神として国家を鎮め、素盞嗚尊は厄除け疫病退散を司る。そして品陀和気命は武運長久、勝負の神として崇められてきたのじゃ。この祭神の構成を見れば、射矢止神社が古くからこの地の安寧と繁栄、そして武勇を祈る大切な場所であったことが、吾輩にはよくわかるのであるぞ。 歴史の背景を紐解けば、この地は紀ノ川の河口に近く、古くから交通の要衝であったのじゃ。ゆえに、海上交通の安全を願い、地域の守護を祈る信仰が篤かったと推察できる。戦国時代には、この地を巡る争いも数多あり、武将たちが戦勝を祈願した記録も残されておるのじゃな。江戸時代に入れば、紀州徳川家からも崇敬され、社殿の修復や祭礼の維持に協力があったと伝えられているのであるぞ。 明治の御代以降も、この地の民草によって大切に守り継がれてきた。現在の社殿は比較的新しいと申すが、境内には樹齢数百年のご神木が天高くそびえ立ち、悠久の歴史を今に伝えておるのじゃ。毎年秋には例大祭が盛大に執り行われ、地域住民が一体となって神社の伝統を守り続けている。射矢止神社は、この地の歴史と文化を今に伝える貴重な存在として、これからも人々の心の拠り所であり続けるであろうと、吾輩は確信しておるのであるぞ。

Benefits

勝負運厄除け疫病退散海上安全地域守護

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