無量光寺

📍 和歌山県和歌山市 和歌山市吹上5-1-35

📿 御朱印情報

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

ほほう、かの無量光寺の由緒を語れというのか。吾輩は白狐、齢千を数える古狐じゃ。永きにわたり、この紀州の地を見守ってきた身なれば、その歴史の深奥を、しかと語って聞かせよう。 無量光寺はな、和歌山市吹上5丁目に鎮座する浄土宗の寺院であるぞ。その創始は、鎌倉時代中期の文永元年(1264年)と伝えられておる。開山は、浄土宗の宗祖、法然上人の孫弟子にあたる袋中上人という御仁じゃな。 袋中上人は、遠く中国(宋)の地へ渡り、浄土宗の教えを深く学び尽くして帰国されたのじゃ。そしてこの紀伊国、すなわち現在の和歌山県に、無量光寺を開創されたのであるぞ。当初は、現在の地よりもやや南、吹上浜の近くに建立されたと聞いておる。潮風が心地よい場所であったろうな。 開創以来、無量光寺は紀州における浄土宗の一大拠点として、大いに栄えたものじゃ。特に室町時代には、紀州藩主の篤い保護を受け、寺領の寄進や堂宇の修復が度々行われ、寺勢はますます発展していったのじゃ。戦国時代の乱世には、戦火により一時衰退の憂き目を見たが、江戸時代に入ると、かの紀州徳川家の庇護のもと、再び見事な復興を遂げたのであるぞ。 江戸時代中期には、紀州藩主徳川吉宗公が将軍に就任された後、無量光寺は将軍家の祈願寺の一つとして特別な地位を得て、破格の待遇を受けたものじゃ。この時期には、多くの学僧がこの寺で学び、浄土宗の教義研究の中心地としても、まことに重要な役割を担っていたのじゃな。 明治維新以降、廃仏毀釈の嵐に見舞われ、一時的に寺勢が衰えた時期もあったが、檀信徒たちの並々ならぬ努力により、その尊き法灯は今日まで守り継がれてきたのであるぞ。現在も、地域の人々の信仰を集める寺院として、法要や行事が絶えることはないのじゃ。 無量光寺の本尊は阿弥陀如来、境内には開山の袋中上人の墓所や、歴史を物語る数々の石碑が残されておる。また、吾輩もよく訪れる美しい庭園も整備されており、訪れる人々に静かな安らぎを与えておるのじゃ。長きにわたる歴史の中で、無量光寺は、紀州の浄土宗信仰の中心として、また地域社会の精神的な支えとして、まことに重要な役割を担ってきたのであるぞ。

ご利益

厄除け家内安全健康長寿学業成就精神安定

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