船宿寺

📍 奈良県御所市 御所市五百家484

📿 御朱印情報

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

ふむ、船宿寺の由緒を語れというのじゃな。吾輩の耳を傾けるが良い。 吾輩がこの地に住まうは、遠い昔、それこそ船宿寺の創建よりも遥か昔のこと。この寺の由緒は、まさに日本の歴史そのものと申せよう。 船宿寺は、奈良県御所市五百家(いおけ)に鎮座する真言宗御室派の寺院であるぞ。その始まりは飛鳥時代の推古天皇12年(604年)、聖徳太子がこの地を訪れ、霊夢をご覧になり伽藍を建立したのが始まりと伝えられておるのじゃ。当時は法相宗の寺院として栄え、平安時代には真言宗へと転じ、多くの高僧を輩出したのであるぞ。特に、平安中期には興福寺の別当を務めた寛朝僧正がここで修行したとされ、その法灯を受け継ぐ寺として重要な位置を占めておったのじゃ。 鎌倉時代には、かの源頼朝が当寺に祈願し、その功徳によって平家を滅ぼしたと伝わっておる。頼朝からは寺領の寄進を受け、幕府の庇護のもと、その威光を増していったのじゃ。室町時代には、足利義満が再興に尽力し、七堂伽藍を整備するなど、まさに最盛期を迎えたのであるぞ。当時の賑わいは、吾輩の目にも眩しく映ったものじゃ。 しかし、世の常として、栄枯盛衰は避けられぬ運命。戦国時代には度重なる兵火により伽藍が焼失し、一時衰退を余儀なくされたのじゃ。だが、江戸時代に入ると、徳川家康が当寺を再興し、現在の本堂や多宝塔などが建立されたのであるぞ。 そして明治時代、神仏分離令という荒波に呑まれ、一時廃寺となったこともあったが、その後見事に再興され、現在に至っておるのじゃ。本尊は薬師如来で、秘仏として祀られておる。そして、吾輩が特に目をかけておるのが、聖徳太子が植えたと伝えられる樹齢1400年以上の大杉じゃな。この大杉は、吾輩がまだ幼い頃から、この寺の歴史を見守り続けてきた、まさに生きた証であるぞ。 船宿寺は、飛鳥時代から現代に至るまで、日本の歴史の変遷を見守り続けてきた古刹であり、その由緒と歴史は、日本の仏教文化の発展を物語る貴重な存在であると、吾輩は断言するのじゃ。

ご利益

勝利祈願健康長寿家内安全商売繁盛学業成就

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