久米寺

📍 奈良県橿原市 橿原市久米町502

📿 御朱印情報

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

さて、吾輩が語ってやろう。この久米寺(くめじ)の由緒をな。 久米寺は、奈良の橿原市久米町に静かに佇む、真言宗御室派の古刹であるぞ。その始まりは、遠く飛鳥の世に遡るのじゃ。聖徳太子の御弟君、来目皇子(くめのおうじ)が、みずから開かれたと伝えられておる。推古天皇の御代に大いに活躍された皇子のお名前が、この寺の名の由来となったのじゃな。 本尊は薬師如来、秘仏として奥深く祀られておる。久米寺はな、古くから学問の寺としての顔を持ち、特に密教の修行道場として栄えに栄えたものじゃ。平安の世には、かの空海の十大弟子の一人、実恵(じちえ)がここで研鑽を積み、後に東大寺の別当にまで上り詰めるなど、数多の高僧を輩出してきたのであるぞ。 鎌倉の時代には、真言律宗の祖、叡尊(えいそん)がこの寺を再興し、律宗の教えを広く世に知らしめたのじゃ。この頃には、伽藍も次々と整備され、寺の勢いは一層隆盛を極めたものよ。されど、戦国の世の兵火には抗しがたく、多くの堂宇が焼け落ちてしもうたのは、まことに惜しいことじゃったな。 江戸の世に入り、徳川幕府の庇護を得て、ようやく再建が進められたのじゃ。現在、吾輩たちが目にする本堂は、江戸時代に再建されたもので、国の重要文化財に指定されておる。そして、この多宝塔はな、室町時代の建立で、こちらもまた重要文化財であるぞ。 久米寺は、日本最古の多宝塔が現存する寺院としても名高いのじゃ。境内には、来目皇子の御墓と伝わる五輪塔や、聖徳太子ゆかりの井戸など、歴史の証人たる遺構が数多く残されておる。また、眼病平癒にご利益があるとして、多くの人々がこの寺を訪れるのじゃな。 このように、久米寺は飛鳥の昔から現代に至るまで、日本の仏教史においてまことに重要な役割を果たしてきた寺院であり、その歴史と文化財は、日本の貴重な遺産として、今日まで大切に伝えられているのであるぞ。

ご利益

眼病平癒学問成就仏道成就

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