hieizan enryaku tera daikoudou
History
吾輩は白狐。比叡山延暦寺の大講堂について、由緒を語ってやろうではないか。 この大講堂は、比叡山東塔の地に鎮座し、学問と修行の中心として、永きにわたり重要な役割を担ってきたのじゃ。現在の建物は、1964年(昭和39年)に再建されたものであるぞ。 大講堂の歴史は、延暦寺全体の歴史と深く結びついておる。延暦寺は、788年(延暦7年)に最澄という偉大な僧によって開かれ、以来、日本仏教の母山として、数多の高僧を輩出してきたのじゃ。大講堂は、その中でも特に学問と論義の場として重んじられ、僧侶たちが仏教の教義を深く学び、議論を交わすための中心的な施設であったのじゃ。 創建当初の大講堂に関する詳細な記録は少ないものの、延暦寺の伽藍整備が進むにつれて、学問の場としての重要性が増していったと考えられておる。比叡山は、幾度となく火災や戦乱に見舞われており、大講堂もその度に、焼失と再建を繰り返してきたのじゃ。特に、織田信長による比叡山焼き討ち(1571年)では、延暦寺の主要な堂宇が灰燼に帰し、大講堂もその被害を受けたと聞く。 現在の建物は、もともと滋賀県甲賀市にあった旧園城寺(三井寺)の金堂を移築・再建したものじゃ。この移築は、延暦寺の復興と再建の歴史を象徴する出来事の一つと言えるであろう。大講堂には、大日如来を本尊として安置し、その左右には比叡山で修行した高僧たちの木像が並べられておる。これは、延暦寺の伝統と、そこから生まれた多くの偉大な僧侶たちへの敬意を表しているのじゃ。 今日の大講堂は、僧侶の修行の場であるとともに、一般の参拝者も訪れることができる場所となっており、比叡山延暦寺の歴史と文化を伝える重要な施設の一つとして、その役割を果たしておるのであるぞ。
Goshuin Gallery
Photos
Visit Notes
中には歴代の坊さん肖像画が描かれて見応えありました。境内で御朱印頂きました。東塔地域の二つ目参拝。
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