hieizan enryaku tera daikokudou

📍 Shiga, 大津市 · ootsushi sakamoto honchou 4220 hieizan toutou

📿 Goshuin Info

Hours

09:00–16:00

Fee

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About

MountainKitayama
SectRinzai-shu Shokoku-ji school
PrincipalKannon Bosatsu
Founded1397
FounderAshikaga Yoshimitsu
HeritageUNESCO World Heritage

History

Byakko

ふむ、吾輩が語るは、比叡山延暦寺の東塔地域に鎮座する、大黒堂の由緒じゃな。 そも、この大黒堂は、伝教大師最澄が延暦寺を開いた当初から存在しておったとされる、まことに古いお堂であるぞ。最澄様は、この比叡山にて天台宗を興し、日本の仏教の礎を築かれた御方じゃ。その折、比叡の山を護り、衆生の福徳を増進させる神として、大黒天を祀る堂宇を建立された、というのが通説であるな。 祭神は、その名が示す通り、大黒天様である。大黒天様は、元を辿ればインドのヒンドゥー教の神、マハーカーラが仏教に取り入れられたものじゃ。日本では七福神の一柱としても親しまれておるが、財福、五穀豊穣、そして台所の守り神として篤く信仰されておる。延暦寺においては特に、修行僧の食を支え、寺院の経済的基盤を護る神として、古くから厚い信仰を集めてきたのであるぞ。 歴史の波を見てみれば、延暦寺が日本の仏教の中心地として栄える中で、大黒堂もまたその信仰を深めていったのじゃ。比叡山は、数多の高僧を輩出し、日本の文化や政治に多大なる影響を与えたが、その活動を支える上で、大黒天様の信仰は、精神的にも物質的にも、まことに重要な役割を果たしたと吾輩は見ておる。 現在の大黒堂は、度重なる火災や戦乱を経て再建されたものじゃな。特に織田信長公による比叡山焼き討ちの際には、延暦寺の多くのお堂が灰燼に帰したが、その後、豊臣秀吉公や徳川家康公といった御方々の庇護のもと、見事に復興を遂げたのじゃ。大黒堂もその復興の過程で再建され、今日に至るまで、比叡山延暦寺の信仰の中心の一つとして、多くの参拝者から尊崇を集めておるのであるぞ。 このように、比叡山延暦寺の大黒堂は、伝教大師最澄の開創以来、日本の仏教史と共に歩み、大黒天信仰を通じて人々の福徳と安寧を祈り続けてきた、まことに由緒正しきお堂であるのじゃ。

Benefits

福徳増進財福招来五穀豊穣家内安全商売繁盛

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