Koufuku Tera Minami Endou

📍 Nara, 奈良市 · narashi noborioojichou 48 banchi

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About

MountainKitayama
SectRinzai-shu Shokoku-ji school
PrincipalKannon Bosatsu
Founded1397
FounderAshikaga Yoshimitsu
HeritageUNESCO World Heritage

History

Byakko

興福寺南円堂と申すは、奈良の都、登大路町に鎮座する興福寺の境内にある、八角の円堂のことであるぞ。その由緒と歴史は、興福寺のそれと深く結びついておるのじゃ。 この南円堂は、かの藤原不比等の長男、藤原武智麻呂が、父の追善供養のために発願し、天平勝宝3年(751年)に創建されたものじゃ。祭神は不空羂索観音菩薩。藤原氏の氏寺である興福寺において、北円堂とともに重要な役割を担ってきたのであるぞ。北円堂が不比等の生前の願いにより建てられたのに対し、南円堂は父の死後の追善供養という目的で建立された点が、趣深い違いであるな。 創建以来、南円堂は度重なる火災に見舞われ、その都度、吾輩が見守る中で再建されてきたのじゃ。特に、治承4年(1180年)の平重衡による南都焼討では、興福寺の伽藍の多くが焼失し、南円堂もその被害を免れなかった。じゃが、藤原氏の信仰篤い堂宇であったゆえ、鎌倉時代には再建が進められたのじゃ。現在、吾輩の目に映る南円堂は、寛文9年(1669年)に再建されたもので、江戸時代初期の建築様式を今に伝えておるのであるぞ。 南円堂は、西国三十三所観音霊場の第九番札所としても知られており、古より多くの巡礼者が訪れるのじゃ。本尊の不空羂索観音菩薩坐像は、名工運慶の父である康慶の作と伝えられ、国の重要文化財に指定されておる。毎年10月17日には、南円堂の開扉法要が行われ、一般に本尊が公開されるのであるぞ。 このように、興福寺南円堂は、藤原氏の篤い信仰と、幾度もの歴史の荒波を乗り越えてきた再建の歴史を経て、現在もなお多くの人々の信仰を集める重要な文化財として、そこに存在し続けておるのじゃ。

Benefits

先祖供養家内安全厄除け心願成就開運招福

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