katsura haru in
📍 Kyoto, 京都市 · kyoutoshi ukyou ku hanazono tera no nakamachi 11
About
MountainKitayama
SectRinzai-shu Shokoku-ji school
PrincipalKannon Bosatsu
Founded1397
FounderAshikaga Yoshimitsu
HeritageUNESCO World Heritage
Website www.shokoku-ji.jp/kinkakuji/
History
ふむ、吾輩が語るは、京都市右京区花園寺ノ中町に鎮座する、臨済宗妙心寺派の塔頭、桂春院の由緒であるぞ。この寺は、妙心寺の歴史と密接に絡み合っておるのじゃ。 桂春院が産声を上げたのは、慶長年間(1596年~1615年)のことである。妙心寺の百六番目の住持であった一翁宗守和尚が開山となり、当初は「桂春軒」と名乗っておったが、後に「桂春院」へと改められたのじゃ。 この院の創建には、細川忠興の家臣であった石河貞政が深く関わっておる。細川忠興の正室、細川ガラシャが殉死した後、貞政はその菩提を弔うため、妙心寺に塔頭を建立することを願ったのである。そして、一翁宗守和尚を迎え、桂春院を創建し、ガラシャの供養を行ったのであるな。 江戸時代に入ると、桂春院は細川家や石河家の庇護を受け、寺としての基盤を盤石なものとしたのじゃ。特に細川家からは、多くの寄進を受け、寺領は広がり、堂宇も整備されていったのである。 明治維新の折、廃仏毀釈という嵐が吹き荒れる中、桂春院も一時は衰退の危機に瀕したのである。しかし、歴代の住職や檀信徒たちの懸命な努力により、その法灯は今日まで守り継がれてきたのじゃ。 さて、現在の桂春院は、その美しい庭園で名高いのであるぞ。特に、書院から眺める枯山水庭園「清浄の庭」は、四季折々にその表情を変え、訪れる多くの者を魅了しておる。また、境内には細川ガラシャの供養塔や石河貞政の墓なども点在し、この寺が持つ歴史の深さをひしひしと感じさせるのじゃ。 桂春院は、妙心寺の歴史と共に歩んできた塔頭であり、その由緒と歴史は、日本の仏教文化の発展を物語る、まことに貴重な存在であると、吾輩は思うのであるぞ。
Benefits
故人供養心願成就家内安全心身安寧