houjuu tera

📍 Kyoto, 京都市 · kyoutoshi higashiyama ku houjuu tera sanjuusangendou mawari machi 655

📿 Goshuin Info

Hours

09:00–16:30

Fee

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About

MountainKitayama
SectRinzai-shu Shokoku-ji school
PrincipalKannon Bosatsu
Founded1397
FounderAshikaga Yoshimitsu
HeritageUNESCO World Heritage

History

Byakko

吾輩が語るは、京の都、東山に鎮座する法住寺の由緒であるぞ。遥か昔、平安の世より続く、かの寺の歴史を、今宵、吾輩が紐解いて進ぜよう。 法住寺の始まりは、永暦元年(1160年)に遡る。後白河上皇、後に法皇となられるお方が、院政を執り行うための御所、「法住寺殿」を造営されたのが事の起こりじゃな。広大な敷地に伽藍が立ち並び、美しい庭園が整えられ、当時の政治と文化の中心として、都にその名を轟かせたのであるぞ。源平の争乱が吹き荒れる中、法皇はここを拠点として、激動の時代を乗り切られたのじゃ。 法住寺殿の中には、法皇が深く信仰されていた不動明王を祀るお堂が建立された。これこそが、現在の法住寺の起源である。法皇が篤く帰依された不動明王像は、今も変わらず本尊として、この寺を見守っておられるのであるぞ。 されど、栄華は長く続かぬもの。寿永2年(1183年)、源平合戦の最中、木曽義仲の襲撃を受け、法住寺殿は一時的に荒廃したのじゃ。その後も、度重なる戦乱や火災により、かつての壮麗な伽藍は、その姿を失っていったのである。 時は流れ、江戸の世に入ると、徳川家康公の命により、天台宗の寺院として再興された。この再興の際、後白河法皇の御陵である「法住寺陵」が境内に整備され、法皇の菩提を弔う寺としての性格が、より一層強まったのであるな。 現在の法住寺は、後白河法皇の御陵を守る寺として、また、不動明王を本尊とする天台宗の寺院として、静かにその歴史を伝え続けている。境内には、法皇の御陵の他、本堂や不動堂などが建ち、訪れる人々は、法皇ゆかりのこの地で、静かに手を合わせることができるのであるぞ。法住寺は、平安末期の激動の時代を生きた後白河法皇の足跡を、今に伝える貴重な存在であると、吾輩は思うのじゃ。

Benefits

厄除け諸願成就開運家内安全身体健全

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