Okonо-miya Jinja
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History
吾輩は白狐。悠久の時を生きる者であるぞ。ここ御香宮神社にまつわる由緒、吾輩が語って聞かせようではないか。 この御香宮神社はな、京の都、伏見の地にひっそりと鎮座しておるが、その歴史は遥か彼方、貞観二年(860年)に遡るのじゃ。その年、境内の井戸から、それはもう良い香りの水がこんこんと湧き出したのじゃよ。その水を飲むと、どんな病もたちまち癒えたという奇瑞があったのじゃな。当時の清和天皇は、その水に「御香水」と名を与え、この社を「御香宮」と称するよう勅命を下された。これこそが、この神社の名の由来であるぞ。 主祭神は、かの神功皇后(息長足姫命)じゃ。そして相殿には、仲哀天皇から今上天皇まで、数多の天皇方、そして武内宿禰命、住吉大神、天照大御神、春日大神、八幡大神、稲荷大神といった名だたる神々、さらには伏見義民の十九柱まで、実に多くの神々をお祀りしておるのじゃ。これほど多くの神々が鎮座する社も、そうはなかろうて。 かの豊臣秀吉殿が伏見城を築かれる際には、この社を鬼門除けの守護神として深く崇敬されたのじゃ。また、徳川家康殿も伏見城の鎮守として社殿を造営され、慶長十年(1605年)には本殿を再建されたのじゃ。この本殿は、桃山時代の建築様式を今に伝える貴重なもので、国の重要文化財に指定されておるぞ。その美しさ、吾輩も幾度となく見惚れたものじゃな。 江戸時代に入ると、伏見奉行所の支配下に置かれ、伏見の総鎮守として、地域の人々の厚い信仰を集めたのじゃ。しかし、幕末の鳥羽・伏見の戦いでは、この社が薩摩藩の本陣となり、激しい戦いの舞台となったのじゃよ。境内には、その時の弾痕が今も生々しく残されておる。戦いの記憶を刻みつけるその痕跡に、吾輩もまた、時の流れの無常を感じるのであるぞ。