kita mukaiyama fudou in

📍 Kyoto, 京都市 · kyoutoshi fushimiku takeda jou bodai in machi 61

📿 Goshuin Info

Hours

09:00–16:00

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About

MountainKitayama
SectRinzai-shu Shokoku-ji school
PrincipalKannon Bosatsu
Founded1397
FounderAshikaga Yoshimitsu
HeritageUNESCO World Heritage

History

Byakko

ふむ、北向山不動院の由緒について、吾輩が語ってやろうかの。 北向山不動院とは、京の都は伏見区竹田浄菩提院町に静かに佇む真言宗醍醐派の古刹であるぞ。その始まりは、平安の世の初め、貞観年間(859年~879年)にまで遡るのじゃ。かの弘法大師空海の孫弟子にあたる聖宝理源大師が、この地に開いたと伝えられておるのじゃな。 この寺の本尊は不動明王である。その御名は「北向不動」。その名の通り北を向いておられる故に、古くから人々の信仰を集めてきたのであるぞ。これは、平安京の鬼門たる北東の方角を鎮めるという、深き意味合いがあったと考えられておるのじゃ。 歴史を紐解けば、北向山不動院は、醍醐寺を開いた聖宝理源大師が、醍醐寺を創建する以前に、修行の場として開いた草庵がその始まりであるとされておる。その後、醍醐寺の発展と共に、その末寺として栄え、多くの伽藍が建立されたのであるな。 室町の世には、応仁の乱などの戦乱により一時衰えたが、江戸の世に入ると、徳川幕府の庇護を受け、再び復興を遂げたのじゃ。特に、伏見城の築城に際しては、城の鎮護を祈願する寺として、歴代城主からの崇敬も厚かったと記録に残っておるのであるぞ。 明治維新後の神仏分離令により、一時的に寺領を失うなどの苦難も経験したが、地域の人々の信仰に支えられ、その法灯を守り続けてきたのじゃ。現在も、厄除けや家内安全、商売繁盛などを願う人々が訪れる、地域に根差した寺として親しまれておるのである。 境内には、本堂のほか、大師堂や鐘楼などが立ち並び、四季折々の美しい自然に囲まれておる。特に、紅葉の時期には、多くの参拝者で賑わいを見せるのじゃな。北向山不動院は、その長き歴史の中で、人々の信仰と地域の文化を育んできた、誠に貴重な存在であると言えるであろう。

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