Kumano Wakaouji Jinja
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History
ほう、此処が熊野若王子神社であるか。吾輩が語ってやろう、この社の由緒をな。京の都、左京区若王子町に鎮座するこの社は、平安の世の終わり頃より、連綿と続く歴史を秘めておるのじゃ。 事の始まりは、永暦元年(1160年)、後白河上皇の手によるものじゃ。あの御仁は、熊野三山への信仰がことのほか篤く、度々熊野詣に赴かれたものじゃ。その道中の安寧を願い、また、遠き熊野の神々をこの京の地に招き、祀り奉るべく、この熊野若王子神社を創建されたと伝えられておるぞ。 創建当初は、後白河上皇の御所である法住寺殿の鎮守として、そして熊野三山を遥か彼方から拝む遥拝所としての役割も担っておったのじゃ。若王子という社号は、熊野三山の一社、熊野那智大社の別宮である若一王子神社に由来すると考えられておるのじゃな。 この社の主祭神は、国常立命、伊邪那岐命、伊邪那美命、そして天照大御神の四柱である。これらは皆、熊野三山の主祭神と共通する、熊野信仰の根幹を成す神々であるぞ。 鎌倉の世に入ってからも、熊野若王子神社は皇室や公家衆からの崇敬を集め、幾度となく社殿の造営や修復がなされたものじゃ。特に室町の世には、足利将軍家の庇護も厚く、その勢威は大いに振るわれたものじゃな。 されど、世は無常。応仁の乱(1467年~1477年)では、京の都は戦火に包まれ、この社も甚大な被害を被ったのじゃ。その後は再建されたものの、江戸の世には度重なる火災に見舞われ、その都度、再建を繰り返すこととなったのじゃな。 明治の御代、神仏分離の令により、それまで隣接しておった若王子社(神宮寺)と袂を分かち、今の姿となったのじゃ。 今もなお、熊野若王子神社は、哲学の道沿いに佇み、四季折々の美しき自然に囲まれ、静かにその歴史を紡いでおるのであるぞ。