五劫院

📍 奈良県奈良市 奈良市北御門町24

📿 御朱印情報

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

吾輩が語ろう、五劫院の由緒を。遥か昔、平安の世、貞観の御代(859年~879年)に、慈覚大師円仁なる者が開いたと伝わる、浄土宗の寺院であるぞ。奈良市北御門町にひっそりと佇む、この古刹の本尊は、かの阿弥陀如来じゃな。 しかし、ただの阿弥陀如来ではない。吾輩が語りたいのは、「五劫思惟阿弥陀如来坐像」のことじゃ。阿弥陀仏が衆生を救うため、五劫という気の遠くなるような時間をかけて思惟し、修行された姿を表しておる。その螺髪の盛り上がりたるや、見る者の目を奪うほどであるぞ。永きにわたる思惟の証、これぞまさしく仏の慈悲の深さを示すものじゃ。 創建当初は興福寺の別院として、多くの僧侶が修行に励んだと聞く。しかし、世は常に移ろい、戦乱や火災によって伽藍は荒廃し、一時は滅びの淵に立たされたこともあるのじゃ。だが、仏縁は途絶えぬ。江戸の初期、寛文年間(1661年~1673年)には、浄土宗の僧侶によって中興され、浄土宗の寺院として新たな息吹を得たのであるぞ。 奈良の喧騒の中にあって、五劫院は常に静寂を保ち、地域の人々からは「五劫さん」と親しまれておる。境内には、奈良時代創建と伝わる「五劫院地蔵堂」があり、地蔵菩薩が祀られておるのじゃ。古くから病気平癒や子授けの信仰を集め、多くの人々の願いを聞き届けてきたのであるぞ。 平安の世より、幾多の変遷を経て、五劫院は今もなお、地域の人々の信仰の中心として、そして歴史を語り継ぐ寺院として、その役割を果たし続けておるのじゃ。吾輩のような古きものには、その永きにわたる歩みが、まこと尊く思えるのであるぞ。

ご利益

病気平癒子授け諸願成就家内安全開運

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