宗鏡寺

📍 兵庫県豊岡市 豊岡市出石町東條33

📿 御朱印情報

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

ふむ、吾輩が語るは、兵庫県豊岡市出石町東條に鎮座する、臨済宗大徳寺派の古刹、宗鏡寺の由緒であるぞ。 この寺は、室町時代にその端を発するのじゃ。出石城主であった山名氏が、この地に礎を築いたのであるな。永享十二年(1440年)、山名持豊、後の応仁の乱の西軍総大将、宗全であるな、彼が父である時熙の菩提を弔うために開基したと伝えられておる。開山には、当時名高き禅僧、景川宗隆が迎えられたのじゃ。京の大徳寺の住持も務めた高僧であるぞ、故に宗鏡寺は創建当初より、並々ならぬ格式を誇っておったのであるな。 山名氏の菩提寺として、また出石の禅宗の中心として、宗鏡寺は大いに栄えたのじゃ。特に宗全の庇護のもと、伽藍は整えられ、多くの僧侶がこの寺で修行に励んでおったのである。 されど、世は乱世、戦国時代に入ると、山名氏の勢いは衰え、宗鏡寺もまた戦火を免れることはできなかったのじゃ。天正年間(1573年~1592年)には、羽柴秀吉による但馬攻めの兵火に遭い、多くの堂宇が焼失したと伝えられておる。まことに痛ましい出来事であったのう。 しかし、寺の命脈は途絶えなかったのじゃ。江戸時代に入り、出石藩主となった小出氏、そして仙石氏によって再興が図られたのである。特に仙石氏の時代には、藩主の菩提寺としての地位を確立し、再び隆盛を極めたのじゃ。現在、吾輩の目に映る本堂や山門などは、江戸時代以降に再建されたものが多く、当時の建築様式を今に伝えておるのである。 宗鏡寺は、山名氏ゆかりの寺として、また出石の歴史を静かに見守り続けてきた古刹として、数多の文化財を所蔵しておるのじゃ。境内には、山名宗全の墓と伝えられる五輪塔や、仙石氏歴代藩主の墓所があり、まことに歴史の重みを感じさせるのであるな。また、四季折々の美しい表情を見せる庭園も有名で、訪れる人々の心を癒しておるぞ。 このように、宗鏡寺は室町時代に山名氏によって創建され、幾多の戦乱を乗り越え再興を遂げながら、出石の地で禅宗の教えを伝え続けてきた、まことに歴史深き寺院であるのじゃ。

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