高照寺

📍 兵庫県養父市 養父市八鹿町高柳1156

📿 御朱印情報

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

吾輩が高照寺の由緒を語ってやろうかの。 兵庫県養父市八鹿町高柳に鎮座する真言宗大覚寺派の寺院、それが高照寺であるぞ。その創建は遥か古き奈良時代に遡るのじゃ。寺に伝わる話によれば、聖武天皇の勅願を受け、行基菩薩がこの地に仏法を広めんとしたのが始まりであるという。当初は法相宗の寺として開かれたのじゃが、弘仁年間(810~824年)に弘法大師空海がこの地を訪れ、真言宗へと改宗したとされている。空海はこの地が仏法興隆に適した霊地であると見定め、伽藍を整備し、多くの弟子を育成したと伝えられているのじゃ。 鎌倉時代には、源頼朝が平家追討の際に高照寺に立ち寄り、戦勝を祈願したという話が残っておる。その際、頼朝は寺領を寄進し、寺院の隆盛に貢献したのじゃな。室町時代には、足利義満もまた高照寺を深く信仰し、寺院の再興に尽力したのであるぞ。 戦国時代には、度重なる戦乱により伽藍の一部が焼失するという憂き目を見たのじゃが、江戸時代に入ると、歴代の但馬国主の保護を受け、再建が進められた。特に、出石藩主小出吉政は高照寺を深く信仰し、本堂や多宝塔などの主要な建物を再建したのである。 明治維新後、廃仏毀釈の嵐の中で一時衰退したが、地域住民の厚き信仰に支えられ、今日まで法灯を守り続けているのじゃ。現在の本堂は、江戸時代後期に再建されたもので、その内部には、本尊である薬師如来坐像が安置されている。この薬師如来像は、平安時代後期の作とされ、国の重要文化財に指定されているのであるぞ。 高照寺は、その長き歴史の中で、地域の信仰の中心として、また文化の拠点として重要な役割を果たしてきたのじゃ。四季折々の美しい自然に囲まれた境内は、訪れる人々に安らぎを与え、多くの参拝者が訪れているのである。吾輩も時折、この地の清らかな空気を吸いに来るのじゃよ。

ご利益

病気平癒健康長寿厄除け心願成就戦勝祈願

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