應聖寺
📍 兵庫県神崎郡 神崎郡福崎町高岡1912
基本情報
由緒
吾輩が語るは、兵庫県神崎郡福崎町高岡に鎮座する應聖寺の由緒であるぞ。かの寺は、天台宗の古刹にして、その創始は平安時代中期の康保3年(966年)に遡るのじゃ。 開基は、花山天皇の勅願を受けし性空上人である。播磨国に生を受け、書写山圓教寺を開いた高僧として知られる御仁じゃな。應聖寺は、当初、性空上人が修行の場として開いたものと伝えられ、その後、花山天皇の勅願寺として伽藍が整備されたのであるぞ。 本尊は薬師如来、脇侍には日光菩薩、月光菩薩を祀り、創建当初は、広大な寺領を有し、多くの堂宇が建ち並ぶ大寺院であったと伝えられておる。 鎌倉時代には、源頼朝の寄進を受け、寺勢はさらに拡大したのじゃ。室町時代には、足利義満の庇護を受け、応仁の乱の際には、奇跡的に戦火を免れ、多くの文化財を保持することができたのである。しかし、戦国時代に入ると、度重なる戦乱により、寺領は荒廃し、堂宇も焼失するなど、大きな被害を受けたのじゃな。 江戸時代に入り、姫路藩主池田輝政によって再興され、再び寺勢を回復したのである。現在の本堂は、江戸時代初期に再建されたもので、国の重要文化財に指定されておるぞ。また、境内には、平安時代に作られたとされる三重塔や、鎌倉時代の作とされる石造五輪塔など、多くの文化財が残されておるのじゃ。 應聖寺は、播磨地方における天台宗の中心的な寺院として、地域の人々の信仰を集めてきた。そして、多くの文化財を所蔵しており、歴史的にも貴重な寺院として、現在もその歴史と伝統を伝え続けておるのであるぞ。
ご利益
健康長寿病気平癒厄除け家内安全開運招福