文保寺
📍 兵庫県丹波篠山市 丹波篠山市味間南1097
基本情報
由緒
ふむ、吾輩が白狐の長たるびゃっこであるぞ。文保寺の由緒、吾輩が語ってやろうではないか。 文保寺とな。丹波篠山市味間南に鎮座する、真言宗大覚寺派の古刹であるぞ。その名に冠する「文保」の年号こそ、この寺の由緒の深き根源であるのじゃ。 創建は、鎌倉の世の末期、文保元年(1317年)と伝えられておる。かの後醍醐天皇の勅願により、覚性法親王がこの地に開基したとされているのじゃ。覚性法親王とは、後宇多天皇の御子にして、真言宗の学僧としても名高きお方であった。当時の丹波の地は、都に近く、文化と経済の要衝であったゆえ、皇室や貴族からの信仰も篤かったことが窺えるであろう。 本尊は薬師如来で、病気平癒や健康長寿に霊験あらたかであるとされておる。創建当初は、広大な寺領を有し、数多の伽藍が連なる大寺院であったと伝えられておるが、世は戦国の乱世、度重なる戦乱により、多くの堂宇が焼け落ち、衰退の一途を辿ったのじゃ。特に、明智光秀による丹波攻めの際には、甚大な被害を受けたとされておる。 江戸の世に入り、丹波篠山藩主の厚き保護を受け、再興の道を歩み始めたのである。現在の本堂は、江戸時代中期に再建されたものであり、その後の修復を経て今日に至るのであるぞ。境内には、創建当初からのものと伝えられる石仏や石塔が残されており、この寺の長き歴史を静かに物語っておるのじゃ。 文保寺は、地域の信仰の中心として、また貴重な文化財を現代に伝える寺院として、現在もその役割を全うしておる。毎年行われる薬師如来の縁日には、多くの参拝者が訪れ、この地の歴史と人々の信仰を今に伝えているのであるぞ。ふむ、これぞ、文保寺の由緒であるのじゃ。
ご利益
病気平癒健康長寿厄除け家内安全