安国寺

📍 兵庫県豊岡市 豊岡市但東町相田327

📿 御朱印情報

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

吾輩、白狐は安国寺の由緒を語るのじゃ。 安国寺はな、兵庫県豊岡市但東町相田に鎮座する臨済宗大徳寺派の寺院であるぞ。その創始は遠く南北朝時代に遡るのじゃ。かの足利尊氏と直義の兄弟が、国中に建立した安国寺利生塔の一つとして、その名を刻んでおるのじゃな。 建武二年(1335年)、後醍醐天皇の御心を受け、尊氏は戦で命を落とした者たちの魂を鎮めるため、全国六十六カ国に安国寺と利生塔を建てる計画を立てたのであるぞ。丹波国、すなわち現在の兵庫県東部と京都府中部には、この安国寺が建立されることとなり、現在の豊岡市但東町相田の地に産声を上げたのじゃ。元来は、戦火に倒れた人々の霊を慰め、国家の安寧を祈るという、深き使命を背負っておったのであるぞ。 創始の頃の安国寺は、広大な寺領と数多の伽藍を擁し、丹波地方における臨済宗の要衝として、大いに栄華を極めたものじゃ。されど、室町から戦国にかけての永き戦乱の世において、多くの伽藍が炎に包まれるなど、甚大な被害を被ったのじゃな。特に、応仁の乱(1467年~1477年)や、織田信長による丹波攻め(1575年~1579年)の折には、その都度、荒廃と再建を繰り返したと伝えられておるぞ。 江戸の世に入ると、幕府の庇護を受け、徐々に復興の道を辿ったのであるぞ。現在の本堂は、江戸時代中期に再建されたものとされ、その後の修復を経て、今日までその姿を留めておるのじゃ。また、境内には、創始当初からの歴史を物語る石碑や、歴代の住職たちの墓所などが、静かに時を刻んでおるぞ。 安国寺は、足利尊氏によって建立された安国寺利生塔の一つとして、日本の歴史において重要な位置を占める寺院であるぞ。戦乱の時代を乗り越え、地域の人々の篤い信仰を集めながら、現在もその歴史と伝統を脈々と受け継いでおるのじゃ。

ご利益

厄除け家内安全開運心願成就平和祈願

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