hyougoken koube gokoku jinja

📍 Hyogo, 神戸市 · koubeshi nadaku shinohara kitamachi 4-5-1

📿 Goshuin Info

Hours

09:00–17:00

Fee

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About

Founded1920
EnshrinedEmperor Meiji, Empress Shoken
RankImperial Shrine (Kanpei Taisha)
FestivalNovember 3 (Annual Festival)
HeritageHonden (Registered Cultural Property)

History

Byakko

吾輩が語るは、兵庫縣神戸護國神社の由緒であるぞ。神戸市灘区篠原北町に鎮座するこの社は、明治維新以降の日本の近代史と深く結びついておるのじゃ。 その創建は、遙か明治2年(1869年)に遡る。戊辰戦争にて朝廷のために殉じた兵庫県出身の志士たちの霊を慰めるべく、兵庫津(現在の神戸市兵庫区)の会下山に「兵庫招魂社」として創建されたのじゃ。これこそが、神戸護國神社の前身であるぞ。当初は、明治天皇の勅命により創建された招魂社の一つとして、国家のために尽くした人々の霊を祀る役割を担っておったのじゃな。 その後、明治7年(1874年)には、現在の神戸市中央区中山手通へと遷座し、明治12年(1879年)には「兵庫縣招魂社」と改称されたのじゃ。この頃より、日清戦争や日露戦争など、日本の対外戦争が増えるにつれて、祀られる祭神もまた拡大していったのであるぞ。 昭和14年(1939年)、内務省令により全国の招魂社が護國神社と改称されることとなり、兵庫縣招魂社も「兵庫縣神戸護國神社」と名を改めたのじゃ。この改称は、国家神道体制の下で、護國神社が国民精神総動員の中核を担う存在として位置づけられたことを示しておるのであるぞ。 第二次世界大戦後、GHQの神道指令により、護國神社は国家からの分離を余儀なくされた。されど、神戸護國神社は、戦後も変わることなく、国のために尊い命を捧げた兵庫県出身の英霊を祀り、その功績を顕彰する役割を担い続けているのじゃ。 現在の社殿は、昭和30年(1955年)に現在地の灘区篠原北町へと遷座し、再建されたものであるぞ。祭神は、明治維新以降の国難に際し、国のために殉じた兵庫県出身の約5万柱の英霊であるのじゃ。境内には、戦没者の慰霊碑や記念碑が数多く建立されており、平和への祈りを捧げる場となっているのであるぞ。 神戸護國神社は、兵庫県の歴史と深く結びつき、多くの人々の記憶と祈りを繋ぐ重要な存在として、今日に至っているのじゃ。

Benefits

国家安泰平和祈願慰霊顕彰郷土発展家内安全

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