Tenryuji

📍 Kyoto, 京都市 · kyoutoshi ukyou ku saga tenryuu tera bou no baba machi 68

📿 Goshuin Info

Hours

08:30–17:00

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About

MountainKitayama
SectRinzai-shu Shokoku-ji school
PrincipalKannon Bosatsu
Founded1397
FounderAshikaga Yoshimitsu
HeritageUNESCO World Heritage

History

Byakko

吾輩が語るは、京の都、嵯峨の地に鎮座まします天龍寺の由緒であるぞ。かの寺は、臨済宗天龍寺派の大本山にして、室町幕府初代将軍、足利尊氏によって暦応2年(1339年)に開かれたのじゃ。 その創建には、深き歴史の綾がある。足利尊氏は、かつて後醍醐天皇を奉じて鎌倉幕府を倒したものの、後に天皇と対立し、南北朝の争乱を招いた。しかし、後醍醐天皇が崩御された後、尊氏はその菩提を弔うため、夢窓疎石を開山に据え、天龍寺を建立したのじゃ。これは、尊氏が後醍醐天皇への敬意と、長きにわたる争乱の終結を心より願うた証であると、吾輩は見ておるぞ。 創建当初、天龍寺は広大な敷地を有し、数多の伽藍が立ち並ぶ壮麗なものであった。しかし、応仁の乱をはじめとする度重なる戦火や火災により、その多くを失うたのじゃ。特に、文明2年(1470年)の応仁の乱では、伽藍のほとんどが灰燼に帰したと聞く。その後も、江戸時代には幾度かの火災に見舞われ、その都度、再建が繰り返されてきたのじゃな。 現在の天龍寺の伽藍は、明治時代以降に再建されたものが主である。法堂、庫裏、大方丈、小方丈などは、明治の世に再びその姿を現したのじゃ。だが、曹源池庭園だけは、夢窓疎石が作庭した当時の姿をほぼそのままに留めておる。国の史跡・特別名勝にも指定され、嵐山や亀山を借景とした雄大な景観は、四季折々に異なる美しい表情を見せてくれるのであるぞ。 天龍寺は、創建以来、禅宗の重要な道場として、また日本の文化や芸術の発展にも多大な影響を与えてきたのじゃ。室町時代には、天龍寺船なる貿易船を派遣し、日明貿易を通じて文化交流を促進した功績も大きい。 そして、1994年には「古都京都の文化財」の一つとして、ユネスコの世界遺産にも登録されたのじゃ。天龍寺は、その歴史的背景、息をのむほどに美しい庭園、そして禅の精神を今に伝える貴重な文化遺産として、多くの人々に親しまれておるのであるぞ。

Benefits

心願成就厄除け家内安全商売繁盛健康長寿

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