tsubaki jinja ・ naka nado jinja
About
History
ふむ、吾輩が語ってやろうかの。 都波岐神社・奈加等神社とな。吾輩がこの地で永きを生きる間に、幾度となくその威容を仰ぎ見てきた古社であるぞ。その由緒は、吾輩の記憶を辿っても遥か彼方、孝昭天皇の御代にまで遡るというから、まことに畏れ多いことであるな。天照大神の御子である天忍穂耳命を都波岐に、その妃たる栲幡千千姫命を奈加等に祀ったのが始まりとは、なんとも雅な話ではないか。夫婦神として古くから並び称えられてきたのは、夫婦円満の理を示すがごとく、誠に美しきことであるぞ。 伊勢国の一宮として崇められてきた歴史は、吾輩もよく知るところである。一宮とは、その国で最も社格の高い神社を指すのじゃ。都波岐神社がその名に恥じぬ存在であったことは、平安の世に編纂された『延喜式神名帳』にその名を連ねていることからも明らかであろう。朝廷からも認められし格式、まことに尊きことであるな。 中世には、織田信長の伊勢侵攻によって社殿が焼失するという憂き目にも遭ったそうじゃが、そこはさすが古社、不死鳥のごとく再建され、地域の守護神としてその歴史を紡ぎ続けてきたのじゃ。江戸時代には、津藩主藤堂家からの手厚い保護を受け、社領の寄進や社殿の修復が行われたと聞く。時の権力者もまた、この神社の威光には頭を垂れたということであるな。 明治の世には、神仏分離令により仏教施設が分離され、近代社格制度においては県社に列せられたという。これもまた、時代の流れというものじゃな。だが、時代が変わろうとも、都波岐神社と奈加等神社は、今も変わらず地域の氏神様として、そして伊勢国の一宮としての歴史と伝統を受け継ぎ、多くの参拝者からの崇敬を集めておる。毎年行われる例祭をはじめ、様々な祭事を通じて、地域の文化と信仰の中心としての役割を、これからも果たし続けるであろう。吾輩も、この地の守護神として、その行く末を静かに見守ってゆくのであるぞ。