Mibudera

📍 Kyoto, 京都市 · kyoutoshi chuukyouku boujou toori bukkou teragami ru mibu nagi no miyamachi 31

📿 Goshuin Info

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About

MountainKitayama
SectRinzai-shu Shokoku-ji school
PrincipalKannon Bosatsu
Founded1397
FounderAshikaga Yoshimitsu
HeritageUNESCO World Heritage

History

Byakko

ふむ、吾輩が語るは、京の都、中京区に鎮座まします壬生寺の由緒であるぞ。 その始まりは遥か昔、平安の世、貞観年間(859年~879年)にまで遡るのじゃ。慈覚大師円仁という高僧の手により、この地に開かれたと伝えられておる。当初は、この地の守り神として、そして厄災を祓い清める寺院として建立されたのじゃな。 特筆すべきは、あの壬生狂言の発祥の地であることであるぞ。鎌倉時代に円覚上人が融通念仏を広めるため、言葉を用いぬ劇としてこれを始めたのじゃ。庶民にも仏の教えが分かりやすく伝わるよう、工夫が凝らされた無言劇は、今もなお、人々の心を惹きつけてやまぬのじゃな。 歴史を紐解けば、幾度となく火の手に見舞われながらも、その度に不死鳥の如く蘇ってきたのがこの壬生寺であるぞ。応仁の乱(1467年~1477年)では甚大な被害を受けたものの、江戸の世には徳川幕府の手厚い庇護を受け、見事な復興を遂げたのである。 そして幕末の動乱期、あの新選組が屯所を置いたことでも知られておる。境内には彼らの魂が眠る壬生塚があり、近藤勇の胸像や芹沢鴨の墓などが今も残されておるのじゃ。ゆえに、新選組の足跡を辿る者たちが、今も多く訪れる聖地であるぞ。 現在も壬生寺は、律宗の教えを厳かに守り、地域の人々の厚い信仰を集めておる。毎年春と秋には、国の重要無形民俗文化財にも指定された壬生狂言が奉納され、その伝統は脈々と現代に受け継がれておるのじゃ。平安の昔から現代に至るまで、様々な歴史の荒波を乗り越え、この地域の文化と信仰の中心であり続けているのが、この壬生寺であるぞ。

Benefits

厄除け無病息災家内安全文化振興歴史探訪

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