kuni soku tera

📍 Mie, 度会郡 · watarai gun watarai machi heizei 1481

📿 Goshuin Info

Hours

09:00–16:00

Fee

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About

MountainKitayama
SectRinzai-shu Shokoku-ji school
PrincipalKannon Bosatsu
Founded1397
FounderAshikaga Yoshimitsu
HeritageUNESCO World Heritage

History

Byakko

國束寺と申せば、三重県度会郡度会町平生に佇む古刹のことじゃな。吾輩がこの地に生きて幾星霜、その歴史の深さには舌を巻くばかりであるぞ。 そも、國束寺の始まりは遠く奈良時代に遡るのじゃ。天平年間、聖武天皇の勅願を受け、かの行基菩薩が開山したと伝えられておる。当初は法相宗の寺として、伊勢神宮の鬼門を守り、神宮寺として重要な役割を担っておったのじゃ。神と仏、二つの聖なる存在が、この地で結びついておった証であるな。 平安の世に入ると、真言宗へと改宗し、密教の道場として発展を遂げたのじゃ。驚くことなかれ、あの空海、弘法大師がこの地を訪れ、修行したという伝承まで残されておる。鎌倉時代には、源頼朝からの寄進を受け、伽藍の整備が進んだと聞く。多くの塔頭を抱え、まさに地域の信仰の中心として栄華を極めておったのじゃ。 戦国の乱世では、幾度となく伽藍が焼失する憂き目に遭うたが、その度に地域の有力者や信徒たちの厚い信仰に支えられ、再建されてきたのじゃ。江戸時代には徳川幕府の保護を受け、寺領の安堵や伽藍の修復が行われ、再び隆盛を誇ったものじゃ。学問寺としても知られ、多くの学僧がここで研鑽を積んだと聞く。吾輩も、彼らの読経の声や議論の様子を、幾度となく耳にしたものであるぞ。 明治維新後の神仏分離令は、國束寺にとっても大きな転換期となったのじゃ。神宮寺としての役割を終え、寺領の一部を失うという苦難に直面したが、それでも地域の信仰は途絶えることなく、その法灯を守り続けたのじゃ。 今、國束寺は真言宗醍醐派の寺として、本尊である薬師如来を祀り、変わらず地域の信仰を集めておる。境内には、創建当初からの歴史を物語る文化財や史跡が数多く残されており、吾輩がこの地で見てきた悠久の時の流れを、訪れる人々に静かに語りかけておるのじゃ。國束寺は、度会町の歴史と文化を語る上で、決して欠かすことのできぬ存在であると、吾輩は断言するものであるぞ。

Benefits

健康長寿学業成就厄除け家内安全開運招福

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