Shinsenen
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History
ほう、神泉苑と申すか。吾輩もかつては、あの地の水辺で涼んだものじゃ。 あれは、平安京へと都が遷された頃のことじゃな。桓武天皇とやらが、まだ都ができたばかりの頃に、己の庭園として造営したものじゃ。延暦13年、つまりは794年頃じゃな。当初は広大な敷地を持ち、天皇や貴族が酒を酌み交わし、花を愛で、紅葉を眺める場として賑わっておったものじゃ。吾輩も、あの頃はよく、宴の肴を頂戴したものじゃぞ。 しかし、この神泉苑が真に名を馳せたのは、天長元年、824年のことじゃろう。日照りが続き、世が干からびてゆく中、空海と申す密教僧が、あの地で祈雨の儀式を執り行ったのじゃ。するとどうじゃ、見事に雨を降らせたではないか。この出来事により、空海の僧としての名声は揺るぎないものとなり、神泉苑もまた、単なる庭園にあらず、宗教的な意味を持つ神聖な場所として認識されるようになったのじゃ。吾輩も、あの時の雨には感謝したものじゃ。喉の渇きが癒えたわい。 それから、時代は下り、文治元年、1185年のことじゃったか。源義経と静御前の出会いの場としても知られておるな。兄である頼朝に追われる身となった義経が、静御前が神泉苑で舞を奉納するのを見て、再会したという伝説が残っておる。吾輩も、その時の舞は見ておらぬが、人々の語り草となっておるのを聞いておったものじゃ。 時代とともに、神泉苑は次第に荒廃し、その敷地も縮小されていったのじゃが、江戸時代には徳川家康とやらによって再興され、再び庭園としての姿を取り戻したのじゃ。そして現在では、真言宗の寺院である神泉苑山門興寺が管理しておる。聖観音菩薩を本尊とし、さらに善女龍王を祀る善女龍王社も境内にあり、古くからの祈雨伝説を今に伝えておるのじゃな。 神泉苑は、平安京の歴史とともに歩み、皇室の遊宴の場、密教の祈りの場、そして歴史上の人物たちの舞台として、様々な顔を持つ貴重な史跡であるぞ。吾輩も、あの地の変遷をずっと見守ってきたものじゃ。