kawa keta o kawabe jinja
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History
吾輩が語ろう、河桁御河邊神社の由緒を。滋賀県東近江市神田町に鎮座する、この古き社の物語じゃな。この地の信仰の深さが、その歴史の全てを物語っておるのであるぞ。 創建の年は、はっきりとは分からぬのじゃが、社に伝わる話によれば、天智天皇の御代、およそ1300年以上も昔に遡るのじゃ。天皇が近江の国を巡られた際、この地で休息を取られ、御河邊の清らかな水に深く感銘を受けられたそうじゃ。そして、その清らかな水に感謝し、水神を祀るよう命じられたのが、この社の始まりとされておるのであるぞ。なんとも古雅なる伝承じゃな。 主祭神は、水波能売神(みずはのめのかみ)である。水の神様じゃから、農耕には欠かせぬ水を司り、古くからこの地の民に厚く信仰されてきたのじゃ。そして、相殿には、天照大神(あまてらすおおみかみ)と豊受大神(とようけのおおかみ)も祀られておる。これは、五穀豊穣や国の安泰を願う、人々の切なる願いが込められていた証しであるぞ。 かつては「河桁庄」の総鎮守であったという歴史的背景も忘れてはならぬのじゃ。中世には、この地域一帯を河桁庄と呼び、その中心として、人々の精神的な支柱となっていたのじゃな。戦国の世には、織田信長の兵火により社殿が焼失したという悲劇もあったそうじゃが、その後、見事に再建され、今に至っておる。江戸時代には、彦根藩主からの崇敬も篤く、社領の寄進や社殿の修復も行われたと伝えられておるのであるぞ。 明治の御世には、近代社格制度において村社に列せられ、地域の信仰の中心としての役割を担い続けたのじゃ。今もなお、この地の者たちによって大切に守られ、毎年行われる例祭では、五穀豊穣と地域の繁栄を祈願する多くの参拝者で賑わっておる。河桁御河邊神社は、古代から現代まで、この地の歴史と人々の暮らしを見守り続けてきた、まことに貴重な存在であるぞ。
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