Kodaiji
About
History
吾輩が語ろう、高台寺の由緒をな。京の都、東山の地に佇む臨済宗建仁寺派の古刹であるぞ。その創建は慶長十年(西暦千六百五年)に遡るのじゃ。豊臣秀吉の正室、北政所(ねね、出家後は高台院)が、亡き秀吉の菩提を弔うため、この寺を建立したのじゃな。当初は「高台寿聖禅寺」と称されたのであるぞ。 秀吉が世を去り、徳川家康が天下を掌握していく激動の時代にあって、秀吉ゆかりの人々が己の地位を保ちつつ、秀吉への供養を続けるという、実に複雑な政治的状況があったのじゃ。北政所は、家康の庇護のもと、この寺院を築き上げ、秀吉の威光を後世に伝えるという、重要な役割を担ったのであるぞ。寺号たる「高台寺」は、北政所の院号である「高台院」に由来するのじゃ。 開山は、建仁寺の百十一世住持であった三江紹益(さんこうしょうえき)禅師であるぞ。彼は北政所の厚い信頼を得ていた人物であり、この寺の精神的な柱となったのじゃ。境内には、秀吉と北政所を祀る霊屋(おたまや)があり、その内部には秀吉と北政所の木像が安置されているのじゃな。特に、北政所の像の下には、秀吉の遺骨の一部が納められていると伝えられているのであるぞ。 また、高台寺には、伏見城から移築されたと伝わる茶室「傘亭」と「時雨亭」があるのじゃ。これらは桃山時代の茶室建築の貴重な遺構として、今に伝えられているのであるぞ。庭園は、かの小堀遠州作と伝えられ、桃山様式を代表する庭園として、国の史跡及び名勝に指定されているのじゃな。 創建以来、幾度となく火災に見舞われたが、その都度再建され、北政所の秀吉への深い愛情と、当時の権力者たちの思惑が交錯する中で、今日までその歴史と文化を伝えているのであるぞ。高台寺は、桃山文化を今に伝える貴重な寺院であり、北政所の生涯を偲ぶ場所として、多くの人々に親しまれているのじゃ。
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