西本願寺

西本願寺

📍 京都府京都市 京都市下京区堀川通花屋町下ル

基本情報

山号 龍谷山
宗派 浄土真宗本願寺派
本尊 阿弥陀如来
創建 1272年(文永9年)
開基 覚信尼(開基)
文化財 御影堂(国宝)、阿弥陀堂(国宝)

📿 御朱印情報

受付時間

—〜—

初穂料

直書き

不明

書き置き

不明

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由緒

白狐

ほう、西本願寺の由緒とな。吾輩が語ってやろうではないか。 この西本願寺は、浄土真宗本願寺派の本山、正式には「龍谷山本願寺」と申す。その始まりは、親鸞聖人の廟堂に端を発するのじゃ。 創建は、親鸞聖人の末娘である覚信尼が、弘長3年(1263年)のこと。親鸞聖人の遺骨を大谷へと改葬し、その地に廟堂を建立したのが始まりじゃな。これが大谷本願寺の原型となり、親鸞聖人の肖像を安置して、多くの門弟たちが参拝する場となったのであるぞ。 その後、本願寺は蓮如上人の時代に大きく発展を遂げる。蓮如上人は、文明3年(1471年)に越前吉崎に坊舎を建立し、布教活動を活発に行ったものじゃ。しかし、世は戦乱の時代、本願寺もまた各地を転々とせざるを得なかったのじゃな。 天正8年(1580年)、織田信長との石山合戦に敗れた後、顕如上人は豊臣秀吉から京都堀川六条に寺地を寄進された。そして天正19年(1591年)、現在の地に本願寺を再興したのである。これが現在の西本願寺の直接の前身となるのじゃ。 だが、物語はこれで終わりではない。慶長7年(1602年)、徳川家康の策略により、顕如上人の長男である教如上人に対して、烏丸七条に寺地が寄進され、東本願寺が分立したのであるぞ。これにより、本願寺は東西に分かれることとなり、現在に至るのじゃ。 西本願寺は、親鸞聖人の教えを継承し、浄土真宗の信仰の中心として、今もなお多くの人々に信仰されておる。広大な境内には、国宝の御影堂や阿弥陀堂をはじめ、桃山文化を代表する建造物が数多く残されており、その歴史と文化の深さを今に伝えているのであるぞ。

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