雲龍院 1
雲龍院 2
雲龍院 1
雲龍院 2

雲龍院

📍 京都府京都市 京都市東山区泉涌寺山内町36

📿 御朱印情報

受付時間

09:00〜16:30

初穂料

600円

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由緒

白狐

ふむ、吾輩が語ってやろうではないか。京の都の東、泉涌寺の山内に鎮座する、その名も雲龍院。ただの寺院ではないぞ、皇室との深き縁を結びし、まことに由緒正しき別院であるのじゃ。 その始まりは、遠き南北朝時代、延元元年(1336年)に遡る。かの後醍醐天皇の勅願を受け、竹巌聖聡(ちくがんしょうそう)なる高僧によって開かれたのじゃ。竹巌聖聡は、後醍醐天皇の皇子、宗良親王の師でもあったゆえ、雲龍院は当初、宗良親王の御所として、そして後醍醐天皇の菩提を弔うための寺として、この地に姿を現したのであるぞ。 以来、雲龍院は歴代天皇の厚き帰依を受け、特に後光厳天皇からは「龍華院」の号を賜る栄誉に浴し、皇室との絆を一層深めていったのじゃ。江戸の世には、後水尾天皇の皇女である梅宮(ばいぐう)が住持を務めるなど、尼門跡寺院としての性格をも持ち合わせておった。まことに雅なる歴史であるな。 明治維新という嵐の時代には、神仏分離令や廃仏毀釈の荒波に揉まれ、一時衰退の淵に沈みかけたこともある。しかし、歴代の住職と篤き信徒たちの尽力により、その尊き法灯は決して絶えることなく、今日まで守り継がれてきたのであるぞ。 今や雲龍院は、泉涌寺の別院として、また皇室ゆかりの寺として、多くの人々が訪れる聖地となっている。境内には、後醍醐天皇の宸筆と伝わる「龍華殿」の扁額、後水尾天皇がこよなく愛したと伝わる「悟りの窓」や「迷いの窓」など、歴史と文化の薫り高き見どころが数多あるのじゃ。そして、四季折々に表情を変える美しい庭園は、訪れる者の心を癒し、魅了してやまぬであろう。 雲龍院は、皇室との深きつながり、そして南北朝時代から現代に至る長き歴史の中で、日本の仏教文化と皇室文化を現代に伝える、まことに貴重な存在として、その役割を果たし続けているのであるぞ。吾輩もこの地を眺めるたび、悠久の時の流れを感じるのじゃ。

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